読書記録

読んだ本の感想まとめ。

世界から守ってくれる世界

世界から守ってくれる世界

世界から守ってくれる世界

  • 作者:塚本 はつ歌
  • 発売日: 2020/10/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
家族の在り方、虐待、性別の自己認識、思春期の葛藤……どっしり重いテーマが絡み合っているのに読了後は爽快感すら感じさせる、不思議な小説。ジャンルとしては何に分類されるのか謎。中学生が主人公だけど、もし中学生だった自分がこの話を読んで受け止められるだろうかと考えたら、多分無理。地頭がよくないと無理。成人したら受け止められるのかって聞かれたら、そういう類のテーマでもない。

履歴書の性別欄、確かに男と女しかない。外国は分からないけど日本のコンビニや文房具屋に売られている履歴書は二択。この国の性同一性障害の人はどうしてるんだろう。体の性か心の性、無理やりどちらかを選ぶしかないのが現状なのか。悲しい。履歴書だけじゃなく、あらゆる性別欄で「その他」も含めた三択が当たり前の時代が早く来ればいいのに。「男にも女にもなれない」と苦しむ人がいるのは、悲しい。

「周りの辛さや悲しみが、そのまま痛みになる」状態を「へその緒」に例えているのが秀逸。これを優しさや正義感ではなく「自分と他人の区別がつかない」と認識しているのも中2の女の子のモノローグとは思えない。達観しすぎている。
本当に未熟なのは、自分が未熟だと自覚していない人だと思う。

すべてを自分の痛みにしていたら身が持たないね。その人の痛みはその人だけのものだから、勝手に触れてもいけないね。

ウオアアアアア耳が痛い。求められたわけでもないのに勝手にその人の痛みをほじくり返して施しをした気になっている、そんな愚行を自分だけはやらかしていないなんて言えない。

だって暴力は消せないもの! この世界は暴力が作ったんだもの! 暴力が消えたらあたしたちも消えちゃうわ!

なんだか腑に落ちた。虐待被害者が自発的に助けを求めないのって、こういう心情があるからなのかなあ。

心には、誰も踏み込ませてはいけない場所があります。さらしてはいけない場所があります。心には、柔らかな毛布をかけて、眠らせてあげなきゃいけない時期があります。

この考え方好き。救われる。親にだって兄弟姉妹にだって絶対に知られるまいと気を張ってる場所ってあるよね。

大人になるっていうのは、自分の中にたしかに生きている小さな存在を無視するってことなんだろうか。繊細で柔らかくてただぬくもりを求める存在の口をふさぐってことなんだろうか。

一面の真実だと思う。ちゃんと対話できる人もいるけど、それがとても難しい人もいる。

拗れている両親に別居を提案できる娘ってすごいな。ちゃんと家族の一員として行動してる。地頭がいい。冷え切っていく両親を見てただオロオロしてるだけの馬鹿ではない(私はそういう馬鹿だった)。

タイトルの意味がラスト10ページの手紙の中で明かされる。言葉のセンスが迸ってる。

AI崩壊

AI崩壊 (講談社文庫)

AI崩壊 (講談社文庫)

この国から貧困をなくすためには、命の選別をして無価値な人間に消えてもらうしかないという真犯人の論説、理論だけならまったく分からなくもないんだよな。食糧もエネルギーも有限だから、このまま世界人口が増え続ければ基本的人権が尊重されない生き方を強いられる層が増える。なら生産性のない人間を世界から排除するしかない、っていうのは理論だけを語るなら理に適ってると思う。

でも結局は、「真犯人にとってのぞみという人間を尊重するAIが邪魔だった」というのが簡潔な動機だと思うね。人は己の正義のためなら、他人の命どころかAIを使った殺戮行為すら正当化する。怖い怖い。
地頭のいい人間が語る正義ほど厄介なものってないかもしれない。

望さんの「ルールを守る大切さ、人を大事にする尊さを教えてあげたい」という想いがなければ、のぞみは殺戮を開始していただろうと思うと、故人の意志が存命の誰かを救うことって尊いなあと思う。
コアブートモードののぞみは桐生と望を父と母と呼び、自分が生まれてきた意味を語るのに、人間じゃないんだなあ……。なんだろうこの寂しさは。
ちょびっツを思い出す。誰かの絶望や生きる意味になり得るのに、それらは全部プログラムなんだ。

西村社長が撃たれるシーンはさぞスクリーン映えするだろうと思う。しかし事故とはいえ、警察のAI社会に必要な人財を亡き者にした罪は重い。

望み

望み (角川文庫)

望み (角川文庫)

実は息子は事件とは完全に無関係で、数日後にひょっこり帰ってくる両親とも救われるラストにならんかな?と一縷の望みを持ってたんだけどならなかったわ。真相が明らかになった時、安堵した私は人でなしなのかもしれない。

無償の愛って、命懸けで出産する母親にしか備わらない(そして母親全員が持っているものでもない)概念なのかもしれない。母には子供は「かつて自分の一部だったもの」という意識があるが、これは父親とは共有できない。そして出産を経験していない女性とも共有できない。

私は出産の経験はないので、どちらかというと一登寄りの意見。殺人犯であるより、被害者として既に世を去っていた方がまだ救われる結末だなと思う。仮に私が母親の立場で、息子が人殺しだったとしたら、もう傍で人生の可能性を示してあげることはできないし、世間の糾弾から彼の目を覆い隠すこともできないし、倫理を外れてしまった彼の価値観を正せる自信もないもの。

これからはね、あなた、今までと違う人生を生きていくの。頭をずっと低く低くして、風が当たらないように息をひそめて、人並みのことも全部ほかの人に譲って生きていくの。

これが母親にとって励ましの言葉になるの意味が分からない。初産は、その女性をそれまでの彼女とは決定的に違えてしまうとんでもないものじゃなかろうか。

偽善のトリセツ: 反倫理学講座

面白くて一気読みしてしまった。『13歳からの反社会学』もぜひ読んでみたい。

今まで偽善の概念について考えたことはなかったけど、私は中村光夫の主張が一番しっくりくる。

原始時代ならともかく、現代の文明国では、人間はありのままでは生きられない。ぼくらは自分になにかの粉飾をほどこし、仮面をかぶって生きなければならない。その仮面は、一切の自分よりいいか悪いかだ。つまり人が生きるということは、偽善者か偽悪者のどちらかを選ぶことなのだ。

常に善人でいられる人間はいないし、逆もまた然り。だから事あるごとに偽善だと野次を飛ばす行為は、目糞鼻糞を笑うということでしかないのだろう。
例え裏に何かしらの計算があって、本人にとっては「偽善」だったとしても、その行為を受け取った側が「純粋な善」だと感じたならそれでいいんだよな。

動物には偽善はないし、神にも偽善はない。偽善こそ人間らしさ、もしくは人間臭さの表徴ではないか。

この主張も好きだな。偽善=悪だと目を背けてばかりいたら、それこそ原始時代レベルの生活しか送れなくなってしまう。人間は文明の進化とともに偽善という概念を育ててきたのではないだろうか。

週刊新潮、(今はどうか知らないが)70年代は馬鹿の一つ覚えで偽善偽善と連呼して、自分らの主張を正当化しようとしていたらしい。そしてそういう記事に引っ張られた読者もたくさんいたのだろうなあ……。

極論をいう人たちは、百パーセント正しくてケチのつけようのない行為しか”善” ”正義”と認めないのでしょうね。彼らにとっては、ちょっとでも傷のある善はすべて偽善。つまり極論をいう連中にとっては、よのなかすべてが偽善なんです。

本当に余計なお世話だけど、なんでそんなに自縄自縛してこの世を生きづらくしてるんだろう。前世で親とか殺しちゃって、その刑がまだ続いているんだろうか。

戦争は究極の偽善。人殺しに参加したor戦火の渦中にいた当事者達が偽善を否定したら、それは即自己否定に繋がる。だから50・60年代には偽善を肯定する思想家が多かった。しかし70年代に入ると、戦争を知らない世代も増えてきて(後略)

なるほど、戦争の記憶が人々の価値観を変えたという考察は興味深い。

著者が独善を危険視する考え方は自分も支持したい。真心がこもっていればどんな結果になってもいい、わけではない。独りよがりで、その行為によって傷ついている人の声に耳を塞ぐような人間になったら、それは独善というより悪ではないか。

クマのあたりまえ

クマのあたりまえ (ポプラ文庫ピュアフル)

クマのあたりまえ (ポプラ文庫ピュアフル)

べっぴんさん

このあだ名が飛べないことへの揶揄だったと悟り、背筋が寒くなった。社会的に生きる人間だから、「普通」から外れてしまった人に(障害者年金や生活保護など)救いの手を差し伸べられるけど、野生の動物の場合、「普通」から外れてしまった個体は輪から弾き出されて野垂れ死にするか、餌になるだけ。それは自然界では差別ではなく淘汰だ。
差別という言葉は、人間が社会的に生きてきたからこそ生まれた概念なのだ。私、人間に生まれたことで大分救われてるのかも。

ショートカット

ひょっとしたらさっき道ですれ違ったあの人は、上手いこと人間社会に紛れ込んだ元野生動物かも? と空想してみると、落ち着かない気分になって尻が浮く。

朝の花火

善人が命懸けで誰かを救うより、悪人のそれの方が印象に残ってしまう。プラスがプラスになるより、マイナスがプラスになる方がストーリーに厚みが出るからかな。
結局、女の子は声の正体に気付けないままだったね。それでいいんだと思う。アオダイショウは、彼女が真実を知ることを望んでいないだろう。

精神科医Tomyが教える 1秒で不安が吹き飛ぶ言葉

1ページに1ワード+簡易な解説 の構成。ときどき漫画、ときどき見開きで相談事への回答。

結構印象的な言葉が多くて、次に抑うつに苛まれた時にkindleで読み返せるといいなと思った。一番印象深い言葉はどれかって、考えながら読んでたんだけど、どれもこれも珠玉の言葉で優劣なんてつけられなかった。とりあえずTwitterはフォローした。

本にTwitter IDの記載が見当たらなかったのはマイナスポイント。アカウントを知らずに本から著者を知った人は私だけじゃないはずだし。まあユーザー名でTwitter検索すれば秒で見つかるんだけど、あとがきにでもIDの記載があれば、本を読んで終わりになるはずだった人をフォロワーとして引っ張り込めるかもしれないのに。

目次のカテゴライズの基準が謎。個人的には人間関係、自己肯定感、ストレスなど、テーマで章が分かれていた方が、後になって探しやすい。著者としては、「適当に開いたページにあった言葉がその時のあなたへのメッセージ」的な楽しみ方をしてほしいのだろうか。

オレンジ基調の2巻目も出ていることをさっき知ったので、そちらも読むつもり。

きみの中のぼく

一年分を一短文として、それらを連ねて一人の男の人生をストーリー仕立てにした本。
視点が変わるとフォントが変わるのが味わい深い。
また、主人公が生きた年数+その後が補完として綴られていて、そこで主人公視点では謎だった出来事の種明かしがされているのもよかった。
しかし、700年後がこんな未来だったらその時代の人間達は可哀想だと思う。ファッションとか自己表現という概念が消失している……。