- 作者:是枝 裕和
- 発売日: 2019/04/04
- メディア: 文庫
りんを家族にした経緯は誘拐にあたるのか、本人の同意の上で成り立っている生活に違法性はあるのか、しかしまだ自我の定まらぬ年端もいかない子供の意思は法的に有用なのか。思う所は多い。
信代に母性愛が芽生えていく過程が生々しい。りんと直接関係しない部分では悪人だが、それなら物理的に暴力を振るっている実の母親も悪人になるはずで、だったら隣で眠ってくれる信代の方が母としてはまだ幸せなんじゃないかと思う一方で、形だけ見ればこの家族は誘拐犯で。子供の幸せってなんだろう。
子供の祥太にはかろうじて「人のものに害を与えてはいけない」という最低限の矜持が備わっているが、治のそんな感情はとっくの昔に剥がれてしまっている。犯罪に手を染めるほど追い詰められていない側からすると「どんな人間だろうと犯罪は犯罪」と一括りにしがちだが、作中の犯罪者は2タイプに分けられる。悪事だという自覚と罪悪感がある人間と、自覚なしに息をするように他人に損害を与える人間だ。有名所だと、相棒の平成の切り裂きジャックとか、シンメトリー狂者の森谷帝二あたりが後者か。
私はあの子を産んではいない。でも、母だった。
信代の慟哭が聞こえる。一方で、もしこれが警察官宮部の視点で書かれた物語だったとしたら、私は宮部の憤りに共感を覚えたのだろう。犯罪に限らず、あらゆる物事はそうだ。誰の視点で、どこを切り取るかによって同情と憤怒のバランスは変わる。
偽証家族だったけど、亜紀にとって初枝が逝くまでは確かに心の拠り所だったのだ。そして今は、この子に一番居場所がないのだ。血縁者の存在を明示されているにもかかわらず。
自分には男兄弟がいないので父親と息子の適正な関係なんて知る由もないが、治と祥太は確かに一時期父と息子であったのは認めなければならないようだ。万引きを教えたろくでもないオッサンでも、この子にとっては父だった。少年が不憫で仕方ない。