パンダは囁く
文庫本の整理番号を巧みに操った暗号解読話。恥ずかしながら生まれてこの方整理番号など意識したことがない私ですら唸ったのだから、出版社の目録を持っているほどの読書家や書店員さんにとっては拍手喝采ものだろう。老人の機転と演技力に舌を巻く。
内容がうろ覚えでタイトルが分からないお客さんの話から書籍名を特定するのは一種の特殊技能で、暗号解読に匹敵する能力だと思うので、全国の書店員さんはもっと誇っていい。思うに、タイトル不明で書店員さんに相談する客は、普段紙の書籍も電子書籍もほとんど読まないのではないか。年に数万冊が出版され、本屋に並ぶ書籍はそのうちほんの一部だという認識があれば、タイトル不明で本屋に赴くなんて愚行はできない、今回のように頼まれたなら仕方ないが……。書店員さんはエスパーじゃないんだよ。
標野にて 君が袖振る
あれがどんな大人に成長するのか、どんな生涯を歩んでみせるのか、見てみたかった。
教授のこの一言に尽きる。20年経っても、その死を未だに惜しまれる少年。
その人の今の幸せに、水を差すつもりはありません。
こう言い切れるのは強いと思う。私が理沙さんの立場だったら、どうしたって、とっくに喪われてしまった、あり得たかもしれない未来を今と重ねてしまう。
沢松貴史の忘れ形見。出産って聞くと未成年と成年が淫行に及ぶんじゃねえって思うけど、片方が亡くなってるとなるとどうしても哀切が前に出てしまう。沢松夫人の衝撃は想像を絶する。
死んだ恋人に20年後しにあんな歌を贈られたら、一生別の恋なんかできない。死ぬまで縛りつけるつもりらしい、面の皮が厚いぜ。趣のある恋愛小説を読ませてもらいました。
六冊目のメッセージ
どう見ても両想いです、ご馳走様です!!! 本のレコメンドをきっかけに繋がるってロマンがあって尊い。島村さんが彼女に追いついたかどうか、あえて明言されていないのも巧い。ここに教会を建てよう。
街の書店が光の速さで閉店していく昨今、電子書籍や図書館ばかり利用している自分にそれを嘆く資格はないのかもしれないが、こういう本を通じた出会いを生み出す場所として、絶滅しないでほしいと思う。
ディスプレイ・リプレイ
一度でも創作に勤しんだ経験のある人間なら、他人事ではない。漫画好きの端くれとして、犯人の悲しみは分からないではない。「正義漢ぶった人たち」に憎悪を向けたくもなるだろう。でも私は絵師ではないので、自分の描いた絵を自ら台無しにする、その心は理解できない。創作する人間にとって、出来上がった作品は手塩にかけて育てた我が子だ。我が子を傷つけられるものだろうか。
何も生み出さない人達が悪だとは思わない。ファンアートをしないファンの方が大多数なわけだし。でも自分が正義だと信じている人間って、悪だと自覚している人間より遥かにタチが悪い。エビデンスなしに平気で誹謗中傷するし、人格否定するし、しまいには自分は被害者だって豪語する。作者から真相が告げられ、この人達はちゃんと謝ったのだろうか。否だとしたら、脳内で殺す分には罪にはならないよね? というか、作者はこの「正義漢ぶった人たち」を名誉毀損で訴えられると思う。使い方を誤った正義は悪に他ならない。
盗作疑惑が後出しだったので、ミステリーとしてはフェアではないと思った。まあライトミステリーなのでよいかと。