読書記録

読んだ本の感想まとめ。

笑う書店員の多忙な日々

一章以外は楽しめた。一章だけは、書店のブラック労働ぶりが脚色なく語られていてドン引きしてしまった。本好きってだけで書店の世界に飛び込んだら再起不能になりそう。よくあるお仕事小説で、作者さんは書店で働く醍醐味を表現したかったのかもしれないけど、むしろ後ろスキップで興味が消滅した。語り手が奈津or新人だからどうしても店員の精神に寄ってしまいがちだけど、あくまで一般客として読むメンタルの強さが必要だと思った。

第一章 走っているとは思われない 速度の中で一番速く

この国の配本システムの煩雑さのしわ寄せが書店員に押し付けられているのに腹が立つし、残業代がつかないのは当たり前と思っているあたり飼い慣らされてるし、この本を読んで書店で働くことへの憧れが木っ端微塵になった読者もいることと思う。書店員の過労によりなんとか破綻せずに済んでいるシステム。好きな仕事ができてるんだから最低賃金でも仕方ないでしょって思ってない?  この国の書店員は全員呪われてるよ。時給ってのは、本来自由に使える時間を仕事に捧げたことに対する当然の還元だぞ。……でもこういう文句って、末端の人間が言っても誰も聞かないんだろうな。紗和ちゃんはこの書店で長く働く気満々みたいだけど、このまま飼い慣らされていくのかと思うと、送り出したご両親の気持ちを想像してしまって辛い。子供に心が死んだ社畜になってほしい親がいるとは思いたくない。紗和ちゃんの中で書店員が美化されていくのがやるせない。

万引き犯には最期できるだけ苦しんで死んでほしい。呼吸器疾患にかかって、呼吸困難でできるだけ長時間苦しんだ末に死ぬのがいいと思う。

第二章 神様お客様

マンガなんか本じゃない、ラノベなんか本じゃない、そんなこと言ってくるのは、頭の良さを演出するためだけに本読んでるホンモノのアホだから、相手にするだけ無駄だよ

最高の毒舌。最近大阪が子供達に図書カードを配布しますってニュースに「どうせマンガ買う」って目くじらを立てていた人に読ませたい文。更に言うなら、長い人生「何を読むか」ではなく「読んだ本から何を学ぶか、感じるか」の方が重要だと思う。一冊を読んでどれだけの情報をどんなふうに仕入れるかは千差万別。「マンガなんか」って言う人間が教科書で10のことを学ぶうちに、賢人は娯楽マンガから20のことを学んでいるかもしれない。京極夏彦が『地獄の楽しみ方 17歳の特別教室』で「この世に面白くない本なんてない。その本を面白がることができない自分が悪い」と論じていた。そういうことです。

星新一が狂っているのは確かにと思ったが、ぶっちゃけ作家は全員漏れなく狂っていると思うぞ。原稿用紙何百枚分も文章を書いてしまうエネルギーはもちろんだけど、フィクション作家は殊更狂っていると思う。だって脳内の実在しない人間を紙の上で現実に出すなんて正気の沙汰じゃないじゃん。更に言うなら、ハッピーエンドを書く作家より連続殺人事件で何人も殺している作家の方がより狂っていると思うし、人間を大量虐殺したり滅亡させるSF作家の方がもっと狂っていると思う。

作中で紹介されたアメコミは、政府視点だとヒーローが絶対悪になるね。親友の復讐を遂げるためなら手段を選ばないっのは一本芯が通っているけど、人の命を奪う行為を正当化しているから、好き嫌いが真っ二つに分かれそう。ダメな人は生理的にダメだと思う。完全無欠のヒーローではなくて、業を背負ったダークヒーローだね。

第三章 夜廻りドーナツ

私は絶望系や葛藤系に目がないので、もし実在したなら、夜廻りドーナツより青春カニバルや東京都環境白書の方を読んでみたい。

とはいえ作者は毒親だけど……ネグレクトした上に、泥水を啜りながら生きている娘の苦労を創作のネタにして富と名声を得る。なるほど普通の神経の持ち主にできることではない。とはいえ、作品の嗜好と作者への好感度は別物。

作者への好感度については、奈津に完全同意。相棒の「右京さんの友達」で毒島氏がこんなことを言っていた。『彼には作家に必要な劣等感や渇望感、いわば何らかの【欠落】が欠落している。』この解釈で考えると、沖谷には「作家に必要な欠落が欠落していない」ということか。周囲の人間には迷惑だが。

そうしたら……あの人が好きになってくれた、あたしじゃなくなっちゃうから。

まったく自分に言えたことではないが、愛し方が分からずにもがき続けた成れの果て。

お父さんは、じゃあ、たぶん、死ぬまで幸せだったんだ。

泣いた。むしろ、何故一子がこの時泣かなかったのか分からない。ずっと父は母の被害者だったと思いながら生きてきて、それが180度ひっくり返って、自分の中にあった絶対的な価値観をひっくり返されて、どうして泣かずにいられたのか。

沖谷からの「給付金」を素直に学費や生活費に充てず実店舗開店の資金にするあたり、突き抜けた親の血を継いでいると感じた。本人は否定するだろうけど。

第四章 八万分の一の一

桜風堂ものがたりとはまた違った趣の「一冊を売ろうと目の色を変える書店員達の話」。桜風堂より書店員の目が血走っているというか、裏事情が生々しく描かれている。『佐藤君は終端速度で』現実にないことが腹立たしい。でもテナントビルの屋上に横断幕を垂らしたり、オリジナルの栞やブックカバーを作ったり……なんて、フィクションの世界だから許される宣伝なんだろうなあ。そしてチーフ就任おめでとうございます……と言いたいところだけど、肩書きが変わっただけで時給はほとんど変わらないのではって思うと涙が出る。2ヶ月分のボーナスくらいやってもいい偉業なのに。